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福岡地方裁判所小倉支部 昭和61年(ヨ)441号 決定

債権者 谷山利春

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 市川俊司

右同 服部弘昭

右同 石井将

右同 谷川宮太郎

債務者 八幡タクシー株式会社

右代表者代表取締役 藤村定光

右訴訟代理人弁護士 長網良明

主文

一  債権者らが、債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者谷山利春に対し、金七六万六九四二円及び昭和六二年七月以降本案第一審判決言渡まで毎月一二日限り各金一〇万二二五九円を、債権者桑水流正に対し、金七四万七八二五円及び昭和六二年七月以降本案第一審判決言渡まで毎月一二日限り各金九万九七一〇円をそれぞれ仮に支払え。

三  債権者らのその余の申請を却下する。

四  申請費用は債務者の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  債権者

1  主文第一項同旨

2  債務者は債権者谷山利春に対し、金八万八二七四円及び昭和六一年一二月以降本案判決確定に至るまで毎月一二日限り各金一七万六五四八円、債権者桑水流正に対し金七万八〇六五円及び昭和六一年一二月以降本案判決確定に至るまで毎月一二日限り各金一五万六一三〇円をそれぞれ仮に支払え。

二  債務者

債権者らの申請をいずれも棄却する。

第二当事者の主張

一  申請の理由

(被保全権利)

1 債務者はタクシー業を営む株式会社であり、従業員約一五〇名、タクシー五〇数台を擁している。債権者谷山は昭和四五年、債権者桑水流は昭和五〇年それぞれ債務者と雇用契約を締結して債務者会社の従業員となり、タクシー運転手として稼働している。又、債権者らはいずれも債務者の従業員約八〇名で組織する八幡タクシー労働組合の組合員(以下単に「組合」及び「組合員」という。)であり、債権者谷山はその執行副委員長、債権者桑水流はその執行委員であったが、昭和六一年一〇月一一日開催の組合定期大会において債権者谷山は執行委員長に、債権者桑水流は書記長にそれぞれ就任した。

2 債務者は債権者らが債務者の従業員であることを争い、昭和六一年一〇月一六日以降債権者らを従業員として処遇しない。

3 債務者会社の賃金は歩合給であるので、同日以降の債権者らの賃金額は、昭和六一年度春闘を発端に労使紛争が激化し、債権者らが組合役員としてその対応に終われる以前の昭和六〇年一二月から昭和六一年二月までの間の賃金額の平均額とするのが相当であり、右期間の賃金額は別表(1)のとおりであるので、右平均額は債権者谷山については金一七万六五四八円、債権者桑水流については金一五万六一三〇円となる。また昭和六一年一〇月分の未払い賃金は賃金月額の二分の一であり、債権者谷山については金八万八二七四円、債権者桑水流については金七万八〇六五円である。なお、債務者の賃金の支払方法は、毎月末締め切りの翌月一二日支払いである。

(保全の必要性)

4 債権者らは雇用契約上の地位確認と賃金請求の本案訴訟を準備中であるが、債権者らは債務者からの賃金で生計を立てているので、本案判決を待ったのでは経済生活に窮し、回復し難い損害を被る。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1、2の各事実は認める。

2  同3の事実のうち、債権者らの昭和六〇年一二月から昭和六一年二月までの賃金額については認めるが、その余は争う。昭和六一年一〇月一六日以降の債権者らの賃金額は、直前六か月の賃金額の平均額とすべきである。

3  同4の事実は争う。

三  抗弁

1  昭和六一年一〇月二日、組合は団体交渉の席上、債務者に対し、来る同月一一日(土曜日)に定期大会を開催したい旨申し入れた。債務者は土曜日が他の曜日より運賃収入が多いことを理由として開催日の変更を求め、会場の確保、会場が変更になった場合の会場費用の増加については債務者も協力する用意がある旨伝え、組合委員長小川登(以下「小川委員長」という。)は開催日を同月一三日に変更することを承諾した。その後、組合は、同月一三日に開催の予定で、同月三日、会場として北九州市八幡西区所在の瀬戸ホテルを予約し、又債務者も、独自に会場を探した結果、右同日北九州ハイツを予約し、同月五日ころその旨組合執行部に伝えた。

2  ところが、同月八日に至り、組合は債務者に対し、当初の予定どおり同月一一日に定期大会を開催する旨通知してきた。債務者は直ちに右開催には応じられない旨返答するとともに、もし強行すれば懲戒処分を行なう旨警告したが、組合は右警告を無視して、同月八日午後三時ころ組合員に対し、同月一一日の定期大会開催の告示をした。そこで、債務者は、同日午後四時ころ全従業員に対し、右定期大会開催及びこれに対する出席は認められないこと、当日は通常どおりに就業することを内容とする業務命令(以下「本件業務命令」という。)を出した。

3  しかるに組合執行部は、右業務命令を無視し、同月一一日午後一時ころから午後四時ころまでの間、八幡西市民センターに於いて、組合員六、七〇名が参加して定期大会を強行開催し、参加者のうち勤務中の者についてはその間職場放棄させ、その結果、債務者のタクシー三三台が約四時間にわたって放置され、その運行が阻止された。債権者両名は組合執行部として本件大会の開催を強行して右職場放棄、車両放置を指導、教唆し、自らも右大会に参加してその間職場を放棄して債務者の正常な業務を不当に妨害し、職場秩序を大きく損なわしめた。

4  債権者らの右行為は、就業規則八八条一六号(業務上の指示命令に不当に反抗した場合)、一八号(単独又は共謀して業務を放棄したとき)、二〇号(上長の命に従わず、職場規律を乱したとき)、二二号(会社の許可なく会社の車両を放置し、情状が重いとき)、四三号(違法な組合活動、争議行為を行なったとき)に該当するので、債務者は、昭和六一年一〇月一五日、債権者らにつき、同七六条一項九号により懲戒解雇処分に付した(以下「本件各処分」という。)。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、組合が昭和六一年一〇月二日の団体交渉の席上、債務者に対し、定期大会を同月一一日に開催する旨申し入れ、債務者が右期日の変更を求めたことは認めるが、その余は否認する。

2  同2の事実のうち、組合が債務者に対し、当初の予定どおり同月一一日に定期大会を開催する旨通告したこと、及び同月八日債務者が本件業務命令を出したことは認めるが、その余は否認する。

3  同3の事実のうち、組合が本件業務命令に従わず、本件大会を開催したことは認めるが、その余は否認する。

4  同4の事実のうち、債務者が債権者らにつき、債務者主張の理由により本件処分に付したことは認めるが、その余は否認する。

五  再抗弁

1  本件処分に至る経緯

(1) 組合は、昭和三八年に結成以来、債務者との間で良好な労使関係を維持してきた。しかし、昭和六〇年に労務担当重役として常務取締役森内康敞が入社して以来、労使関係は一変し、組合敵視の不当労働行為の攻撃が次々と仕掛けられるようになった。

(2) 昭和六一年度の春闘において、組合は債務者に対し、賃金の引き上げ等を要求した。しかし債務者が誠意ある解答を示さなかったため、同年四、五、六月と事態は進展せず、同年七月に入るや、債務者はそれまでの解答すら白紙撤回して組合との団体交渉を拒否するにいたった。同年八月、債務者は組合員以外の従業員のみに対し夏期一時金を支払ったため、同月一五日、組合は福岡地方労働委員会(以下「地労委」と略称する。)に対し、団交の開催、夏期一時金の仮払い、支配介入の排除を求めて斡旋の申請をした。その結果、同年九月二日地労委の斡旋を労使双方が受け入れて、賃金と夏期一時金問題は解決した。しかるに、債務者は、同月中、下旬にかけ、組合員四名に対する配置転換を一方的に通告したり、組合幹部四名に対し低運収を理由に退職勧告をするなど、組合に対する組織攻撃を再び始めた。組合は、同月二六日、再び地労委に対し、労使関係の正常化を求めて斡旋の申請をした。同月三〇日、地労委の斡旋を労使双方が受け入れ、労使間の懸案事項につき、同年一〇月一五日までに団体交渉を行い、労使関係正常化に向け、双方前向きの努力をすることになった。

(3) 一〇月二日開催された団体交渉の席上、組合は定期大会を同月一一日に設定したことを債務者に通告した。債務者は右期日にクレームをつけて、日延べを求めた。組合は会場確保の都合などから変更できない旨答えたが、双方はなお折衝を続けることとした。その後二日間ほどの折衝を経て、同月七日ころ、組合は債務者に対し、定期大会を当初の予定どおりに実施する旨通告し、債務者はしぶしぶながらもこれを了承した。ところが翌八日、債務者は大会当日の通常勤務指示の業務命令を出した。組合は、この期に及んでの期日の変更は不可能であり、債務者の右態度は不合理、不誠実であることから、同月一一日午後一時から午後四時ころまで八幡西市民センターにおいて、予定どおり大会を開催した。これに対し、債務者は、同日債権者らを含む右大会前の組合役員六名全員に対し翌一二日からの自宅待機を命じ、同月一五日本件各処分のほか、前執行委員長小川登にたいし懲戒解雇、前執行委員高堂幸雄、同小笠原義実及び同吉良久夫に対し各懲戒休職九〇日の処分を行なった。

2  解雇無効(その一)――懲戒解雇権の濫用

以下の諸事情に照らすと、本件定期大会開催は適法且つ正当であり、右大会の開催を認めない債務者の業務命令は憲法二八条に違反し無効であって、債権者らに懲戒理由は存在せず、仮に然らずとするも、その動機、目的、手段、態様、結果、影響など諸般の事情から考察すると、本件処分は行為内容に照らして余りに均衡を失する苛酷な処分であり、懲戒解雇権の濫用に当たり無効である。

(1) 債務者は同年一〇月七日ころ組合の本件定期大会を同月一一日に開催することを承諾し、その後大会前に組合に対し正式に右承諾の取り消しの意思表示をしていない。

(2) 労働組合が毎年一回開く定期大会は、労働組合にとって最も重要な活動であって、労働基本権の本質的内容をなすものであるから、使用者は労働基本権を保障し尊重する見地から、当然これを受忍する義務がある。

(3) 組合は、結成以来約二三年間にわたり毎年一回秋ころに定期大会を開催してきたが、従前債務者がこれに異議を述べたことは全くなかった。今回のみこれを問題にするのは従来の労使慣行に反する。

(4) 債務者は、本件の大会開催日が土曜日で運賃収入に影響を生じるため日延べを希望したと主張するが、土曜日と他の曜日との運賃収入には殆ど違いはなく、債務者の日延べの希望には何ら合理的根拠はない。

(5) 組合は、本件定期大会の開催に当たり、会場の手配、資料の作成、組合員、来賓及び他の関係団体への案内など事前に種々の準備を重ねており、大会の数日前になって日取りを変更することは極めて困難である。

(6) 大会開催時間中は、組合員関係の約三〇台の車両は動かなかったが、非組合員らの乗務する約二〇台余の車両は平常どおり運行しており、得意先への配車など債務者の事業には何ら支障は与えていない。

(7) 債務者は、組合に対する害意に基づき、前記業務命令を出し、本件懲戒処分に及んだものである。

3  解雇無効(その二)――不当労働行為

本件各処分は、債務者の一連の組合破壊攻撃の一環であり、執行委員長と書記長に就任したばかりの債権者両名を企業外に放逐し、組合に深刻な打撃を与えようとしたものであって、労働組合法七条一号及び三号に該当する不当労働行為に当たり無効である。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実は否認する。前記抗弁1ないし3の外、昭和六一年一〇月二日までの経緯は以下のとおりである。

(1) 昭和六一年度春闘において、債務者は基本賃金の三〇〇〇円上積み、労働条件の向上などの内容を盛り込んだ回答をした。しかし、組合は右回答を拒否し、同年五月一二日、同月一四日に各二四時間ストライキを、同月二六日には四八時間ストライキをそれぞれ決行した。

(2) そのような状況の中で、組合執行部内に、本春闘により債務者の経営意欲を喪失させ、第一交通株式会社に身売りをさせる計画があったこと、組合に今なお影響力を持っている元組合書記長大熊庸旦が多額の負債を抱え、組合員の相当数が労働金庫から借入れをして右大熊に融資していることから、組合執行部は、右返済につき債務者にも応分の協力をして貰わないと春闘の収拾ができないと考えていることなどの事情が次第に明らかになった。

(3) そのため、組合は八幡地区労の支援を受けることができず、又組合内部からも執行部に対する批判が高まった。狼狽した組合執行部はビラ等で債務者会社の森内常務取締役の個人攻撃を始め、虚偽の事実を流布し、森内の名誉を棄損した。債務者は組合に対し、右名誉棄損につき謝罪するまでは団体交渉に応じない旨通告する一方、同年八月二三日、福岡地方裁判所小倉支部に、組合執行部全員を相手方として、謝罪広告等請求訴訟を提起した。

(4) 組合は、同月一五日地労委に対し、団体交渉開催、夏期一時金の仮払い、支配介入の排除などを求めて斡旋を申請した。地労委は、同年九月二日、組合の行動に遺憾な点があったとして組合に謝罪させた上、団体交渉の再開、夏期一時金の支払い等を内容とする斡旋案を提示し、労使双方は同日これを受諾し、ここに昭和六一年度春闘は終結した。

(5) その後労使双方は団体交渉を開始し、斡旋案の実現に向けて交渉を重ねたが、夏期一時金の支払い以外の点については合意に至らなかった。同月二六日、組合は地労委に対し、労使関係の正常化を求めて斡旋を申請し、地労委は、同月三〇日、労使間の諸問題は団体交渉等により労使で解決すること等を内容とする斡旋案を提示し、労使双方は同日これを受諾した。

2  同2の事実は否認ないし争う。債務者は組合大会開催そのものには何ら異存はないが、開催日の決定についてはそれが勤務時間中に行われるものであるかぎり使用者たる債務者の承諾を要するものと解すべきである。そして、本件処分が懲戒解雇権の濫用に当たらないことは以下の事情から明らかである。

(1) 本件大会を一〇月一一日に強行すべき理由がない。期日変更に必要な会場確保や費用負担については債務者も協力を申し出ており、小川委員長は一旦は期日変更を承諾し、一〇月一三日開催の予定で会場確保までしていたのである。

(2) 土曜日は他の曜日に比べ運賃収入に相当の差があり、債務者の期日変更の要請には合理的な理由がある。なお過去一〇年間についてみても、組合大会が土曜日に開催された例はない。

(3) 組合は、一〇月二日の段階で、同月一一日の大会開催については債務者が許可しないことを知っていたから、期日変更をする時間的余裕は十分にあった。

(4) 約四時間にわたり六、七〇名の従業員に職場放棄をさせ、車両三三台を放置させた責任は重大である。また債権者らは地労委の斡旋案の趣旨に沿って春闘の余波を鎮静化し、円満な労使関係実現のため努力すべき立場にありながら、故意にこれを妨害したものであって、甚だ悪質である。

3  同3の事実は否認ないし争う。債務者が本件各処分をなしたのは、債権者らが一従業員として債務者の業務命令に違反し、違法な組合活動を行なって債務者の営業活動を妨害したからであって、債権者らが本件大会で組合の執行委員長、書記長に選任されたこととは何ら関係がない。又債務者が組合破壊攻撃をしたことはなく、春闘の解決が長引いたのは、組合執行部が不純な目的を秘めて組合員を指導し、その過程で債務者会社役員にいわれのない中傷を浴びせる等違法な組合活動を行なって、労使間に無用な摩擦を引き起こしたからに他ならない。

理由

一  申請の理由1、2の各事実及び抗弁1の事実中、組合が昭和六一年一〇月二日の団体交渉の席上、債務者に対し、定期大会を同月一一日に開催する旨申し入れ、債務者が右期日の変更を求めたこと、同2の事実中、組合が債務者に対し、当初の予定どおり同月一一日に定期大会を開催する旨通告したこと及び同月八日債務者が本件業務命令を出したこと、同3の事実中、組合が本件業務命令に従わず本件大会を開催したこと並びに同4の事実中債務者が債権者らにつき債務者主張の理由により本件各処分に付したことは当事者間に争いがない。

二  次に懲戒事由の有無について検討する。

1  疎明によれば以下の事実が一応認められる。

(1)  債務者と組合との間では、債務者の業務の性質上従業員の休日が各人毎に異なるため、組合の年一回の定期大会については、事前に債務者の了解を得た上で開催することとし、組合員は勤務中の者も休暇の申請をせずに大会に参加し、債務者はこれに対して賃金カットなど欠勤の扱いをしないことが長年の慣行となっていた。

(2)  昭和四四年度以降の定期大会の開催曜日についてみると、昭和四四年度と昭和四七年度のみが土曜日である。なお過去組合が申し入れた定期大会の開催日について債務者が異議を述べたことはない。

(3)  組合規約によると、定期大会は毎年一回一〇月に執行委員長が召集することとされている。

(4)  組合執行部は、同年九月二六日までに、昭和六一年度の定期大会については一〇月一一日(土曜日)に開催することを決定し、かつ、同日会場として北九州市立八幡西市民センターの使用承認を得た。大会議案書の印刷は同月一日印刷業者に発注したが、大会日時については再校時の同月六日までに決定することとなっていた。

(5)  小川委員長は、同年一〇月二日開催された団体交渉の席上、債務者を代表して出席していた労務担当の森内常務取締役に対し、定期大会を前記期日に開催することを通告し、同意を求めた。これに対し、森内常務は、土曜日が他の曜日より運賃収入が多いことを理由に他の曜日への期日の変更を求め、会場の変更については協力を申し出るとともに、会場費については労使で運営している共済会費から支出することを提案した。右団体交渉終了後、森内常務と小川委員長が別室で協議を続けた結果、小川委員長は、変更するか否かなお検討する、変更する場合には新期日を同月一三日(月曜日)とする旨約束し、森内常務は新期日の組合大会開催には同意する旨言明した。

(6)  小川委員長は、同日右協議終了後、期日を変更した場合に備えて、会場として北九州市八幡西区所在のニュー瀬戸ホテルを仮予約した。一方、債務者も独自に新期日の会場を探し、同日北九州ハイツを予約した。

(7)  その後、債権者ら組合執行部は右期日の変更につき協議した結果、同月四日、以下の理由により変更できないとの結論を出し、小川委員長は当初の予定通り同月一一日に定期大会を召集することを決定した。

① 八幡西市民センターの会場使用料は三一〇〇円(設備器具使用料を含む。)であるのに対し、ニュー瀬戸ホテルのそれは約八万円である。会場費につき、債務者は共済会費からの支出を提案しているが、従業員の福祉厚生を目的とする共済会費の使途として適当でないし、債務者はこれを契機に共済会の解体を目論んでいるようなので、これに応じることはできない。

② 約一〇名の来賓には既に一〇月一一日開催を前提に出席依頼をしている。特に多賀谷真稔衆議院議員は、同月一一日、一二日に地元の福岡県に帰省予定であるので、一三日では出席を確保できない。

(8)  同月五日は日曜日であり、六日、七日は森内常務が出張で不在だったので、組合執行部は、同月八日午前中森内常務に対し、本件大会の期日変更はできない旨通告した。これに対し、森内常務は再考を強く求めたが、組合執行部はこれを拒否し、同日午後三時頃乗務員控え室に、同月一一日定期大会開催の文書掲示を行なった。そこで同日午後四時半頃、債務者は従業員に対し、一〇月一一日の定期大会開催は認められないので、当日は通常業務に従事することを命ずる旨の本件業務命令を出した。

(9)  本件大会は予定どおり同月一一日の午後一時から四時ころまでの間開催され、参加組合員は債権者らを含み六、七〇名、開催時間中放置された車両は三三台に及び、右参加者中勤務時間中の者は、債権者らを含み、いずれも無届けで、前後の時間を含み約四時間にわたり業務を放棄した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る疎明はない。なお、債権者ら主張にかかる債務者が一〇月一一日の定期大会開催を承認した事実を認めるに足る疎明はない。

2  右事実を前提に、本件業務命令の有効性、懲戒事由の有無について検討する。

定期大会が労働組合にとって重要な活動であることに鑑みると、定期大会の開催そのものを妨害する趣旨の業務命令が不当労働行為に該当して無効であることは明らかである。しかしながら本件業務命令は一〇月一一日の開催は認められないため、例年定期大会開催に際し供与していた便宜を、今回の大会については供与しないので通常勤務につくように命じたものにすぎず、債務者会社のように従業員毎に休日が異なりしかも二四時間勤務体制をとる職場であっても、使用者には勤務時間中の組合活動を容認すべき義務はないし、本件業務命令発令までの債務者の態度に照らして、債務者が定期大会の開催そのものを妨害する意図から本件業務命令を出したものではないと認められるから、本件業務命令が憲法二八条に違反し無効であるということはできない。又、組合大会開催につき、組合執行部役員が組合員に対し開催時間中就業規則に反する業務放棄や車両放置をするように指導教唆し、その結果その組合員が右行為に出た場合には、当該組合員はもちろんのこと、その組合執行部役員も又、懲戒責任を負担するのは明らかである。

こうした観点から本件をみるに、前認定のとおり、債務者会社においては従業員毎に休日が異なるため、債務者と組合間には、組合は債務者の同意を得た上で定期大会を開催し、組合員は勤務中の者も休暇を取らずに大会に参加し、債務者はこれを認め、右参加時間中についても欠勤扱いはせず、賃金を支払うという利益を供与することが慣行化していたところ、本件大会開催にあたっては、一〇月二日の時点において債務者が開催日について同意せず、したがってこれを強行した場合、右利益供与が得られないことは十分予想でき、かつ、期日変更することが不可能ではなかったのに、組合執行部は敢えてこれを強行することとし、一〇月八日本件業務命令が出された後は、右利益供与が得られないこと及び例年組合員は休暇を取ることなく定期大会に参加していたから、このまま何らの措置を取ることなく本件大会を強行すれば集団の業務放棄、車両放置という事態に立ち至ることが十分に予想できたのに漫然本件大会を強行して右事態を招いたのであるから、執行部は右業務放棄、車両放置を黙示的に指導、教唆したと評価されてもやむを得ないところである。してみると債権者らには自らの業務放棄及び集団業務放棄の指導、教唆行為(以下「本件行為」という。)が認められ、これらは就業規則八八条一六号、一八号、二〇号、四三号に該当するというべきである。

なお債権者らが放置車両の運転者であったことについては疎明がないので、同条二二号に該当するとは認められない。

三  次に再抗弁2(解雇無効――懲戒解雇権の濫用)について検討する。

1  疎明及び申請の全趣旨によれば以下の事実が一応認められ、右認定に反する疎明はない。

(1)  債務者会社においては、土曜日は他の曜日と比べて運行収入が多く、昭和六一年一〇月についてみると、タクシー一台当たりの運行収入の各曜日毎の平均は別表(2)記載のとおりであり、それによると、土曜日は二万五一二四円、債務者が大会開催に同意をすることを言明していた月曜日は二万〇一八一円、その差額は四九四三円である。したがって債務者が債権者らの本件大会強行により被った損害を試算すると(業務放棄された時間が四時間、一台当たりの一日の営業時間が一六時間、業務放棄された時間帯は一日の営業の中で平均的な運行収入があったものとして計算、円未満四捨五入)、金四万〇七八〇円にすぎない。

(計算式 4943円×4時間/16時間×33台=40780円)

(2)  債権者らに懲戒処分歴はない。

2  右事実、前記争いのない事実及び前認定の事実によれば、債権者らは本件行為により、債務者会社の従業員の約半数の約四時間にわたる集団業務放棄、営業車両の約六割の放置という事態を招来したもので、これが債務者会社の職場秩序を大きく損なわしめたことは明らかであって、債権者らの責任は決して軽いものということはできない。

しかしながら懲戒解雇は懲戒処分のうちでも被処分者の従業員たる地位を失わしめるという最も重大な結果を招くものであるから、その選択にあたっては他の処分に比較して特に慎重な配慮を必要とするというべきである。そこで勘案するに、組合執行部が本件大会の期日を変更しなかったことには、変更した場合会場費が大幅に高くつき、債務者から提案のあった会場費の共済会費からの支出についても容易に同意できない事情があり、地元選出の多賀谷衆議院議員ら来賓の出席を確保する必要があるなど相応の理由が存在し、あえて債務者に損害を与えたり、職場の秩序を乱そうとする意図があったとまでは認められないこと、従前組合が予定した期日に、それが土曜日であっても、債務者が異を唱えたことはなく、本件大会が土曜日に開催されたことにより債務者の受けた損害は結局は数万円にとどまるから、債務者があくまで一〇月一一日の大会開催に対する同意を拒否し、本件業務命令まで出したのは、いささか硬直した対応であると評価せざるを得ないこと、債権者らが組合執行部内において、実質的に主導的役割を果たしたと認めるに足る疎明はなく、かえって、定期大会の召集は執行委員長の権限事項であり、債権者らは副執行委員長又は執行委員にすぎなかったこと、債権者らに過去懲戒処分歴のないことなど本件大会強行に至る経緯、債権者らの動機、債務者の受けた損害、債権者らが果たした役割、債権者らの懲戒処分歴など諸般の事情を総合勘案すると、債権者らの本件行為は債権者らを最終的に債務者会社から排除することを相当とするほどのものとは認め難く、社会通念に照らして合理性を欠いた苛酷な処分であり、使用者の裁量の範囲を超えたものと認めるのが相当である。したがって、本件各処分は、債務者による懲戒解雇権の濫用に当たり、その余について判断するまでもなく、無効であるといわざるを得ない。

四  以上の次第で、債権者らは、昭和六一年一〇月一六日以後も依然として債務者に対し雇用契約上の権利を有し、賃金請求権を有するものというべきである。

そこで、同日以後の賃金請求権の金額について検討するに、疎明によれば、債権者らの昭和六〇年一〇月から昭和六一年九月までの賃金額が別表(1)のとおりであること、債務者会社のタクシー運転手の賃金体系は基本的に歩合給であるところ、債権者らは昭和六一年度の春闘が始まって以来、組合役員としてその対策に追われ、就業できる時間が乏しかったため、同年四月から九月までの賃金はそれ以前に比べて極端に減少していること、地労委の二度にわたる斡旋を経て昭和六一年度春闘は終結し、本件各処分前、労使関係は正常化に向かいつつあったことが一応認められる。してみると、本件各処分がなければ、債権者らは、その直前よりは相当長時間就業できたと一応推認できるが、なお労使間の懸案事項は相当未解決のまま残されており、債権者らは執行委員長及び書記長として組合内において以前より要職に就いたことも合わせ考えると、昭和六一年度春闘開始前と同程度まで就業できたとまでは推認できない。これらの諸事情を勘案すると、本件においては、債権者らは本件各処分の直前一年間の平均賃金額と同額の賃金請求権を有するものと認めるのが相当であり、その金額は、債権者谷山については金一〇万二二五九円、債権者桑水流については金九万九七一〇円である(円未満四捨五入)。したがって、現在までの未払い賃金額は、債権者谷山については金七六万六九四二円、債権者桑水流については金七四万七八二五円である(昭和六一年一〇月分から昭和六二年五月分まで。昭和六一年一〇月分の未払い賃金額は月額の半額とする。)。又、疎明によれば、債務者会社においては給与は毎月末締め切りの翌月一二日支払いであると認められる。

五  保全の必要性について

疎明によれば、債権者谷山は妻、子供二人及び実母と同居し、債権者桑水流は妻及び子供二人と同居し、それぞれの妻は稼働しているものの債権者らの賃金が生計の重要な糧となっていることが一応認められるから、いずれも本案判決を待っていては生活に窮して著しい損害を被る恐れがあるというべきである。したがって、債権者らが債務者に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定め、かつ、債務者に対して本案第一審判決言渡までの賃金の仮払いを命ずる限度において保全の必要性が認められ、その余の申請部分は本案判決までの暫定的措置としての保全処分の趣旨を逸脱するものであるから保全の必要性を欠くものというべきである。

六  よって、本件各仮処分申請は主文第一、第二項の限度で理由があるから認容し、その余の申請部分についてはこれを却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 渕上勤 裁判官 中谷雄二郎 井戸謙一)

〈以下省略〉

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